(資料⑬)
平成25年2月27日
株式会社育鵬社 代表取締役社長 久保田榮一 殿
『中学社会 新しい日本の歴史』執筆者代表 伊藤隆 殿
日本教育再生機構 理事長 八木秀次 殿
改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会 代表世話人 屋山太郎 殿
新しい歴史教科書をつくる会
会長 杉原誠四郎
育鵬社による著作権侵害問題の経過について
拝啓 各位におかれましては、ご健勝のことと存じ上げます。
さて、私たちはかねてから、話し合いに入るための実務的な窓口のご連絡を再三お願いしておりましたが、昨年12月27日、育鵬社からのみご回答をいただき、今後著作権問題に関する限りは育鵬社が対応するとのことで、連絡窓口をお知らせいただきました。その後、この窓口を通して3回にわたって「つくる会」と育鵬社の間の正式な交渉をいたしました。
しかし、去る2月21日の3回目の交渉までに、法的手段によらず話し合いによって問題を解決しようとする当会の提案は、誠に遺憾ながらことごとく拒否されました。そこで、改めてこの問題の経過を振り返り、今後の当会の方針についてご通知申し上げます。
(一)問題の発覚から調査報告書の公刊まで
平成23年4月、文部科学省の検定に合格したばかりの育鵬社発行中学生用教科書『新しい日本の歴史』に、「つくる会」の著者たちが著作権を有する扶桑社の歴史教科書の記述からかなりの部分で盗作がなされているという疑惑が発覚しました。これについて、「つくる会」としては、教科書改善運動の大局的な利益を考えて、採択期間中はこの問題を持ち出さない方針を決めました。
ところが、育鵬社側では、自由社の歴史教科書の年表が東京書籍の過去の歴史教科書の年表を引き写したものであるとして、教育再生機構理事長・八木秀次氏を中心にこれに育鵬社社員らも加担し、全国的なネガティブ・キャンペーンを激しく展開しました。その中では、自由社には教科書会社として資格がないとして教科書事業からの撤退を求める言辞まで弄されました。そのキャンペーンは、採択が山場にさしかかったクリティカルな時期を選んで行われたため、全国最大の採択地区である横浜市が自由社から育鵬社に変わり、自由社の全国の採択率もほとんどゼロになるなど、「つくる会」の教科書は壊滅的な打撃を受けました。
しかし、それでも「つくる会」は、公明正大に採択が行われることを願って、育鵬社側の著作権侵害問題を持ち出してネガティブ・キャンペーンを行うことは差し控えました。そればかりか、同年8月後半以降に沖縄県八重山地区で採択された育鵬社の公民教科書について、地元の反対勢力によって不当な採択撤回運動が展開された時、藤岡信勝会長(当時)が現地で育鵬社の教科書の採択結果を守る活動を行い、全国的にも新聞、雑誌などで論陣を張りました。
採択期間が終わって、「つくる会」は著作権侵害疑惑を調査する委員会を設け、活動を開始しました。その結果、47箇所にわたる盗作箇所が発見されました。これはもはや、見逃し得るようなレベルを超えて、一定の編集方針に基づき組織的・計画的に行われた著作権侵害行為であり、法治国家として許されない、社会正義に反する行為でありました。 このような実態が判明してから、「つくる会」の理事と会員の一部の方々が、個人の資格で、育鵬社はもちろんのこと、同社の教科書の奥付に名前を連ねている著者や監修者の方々に手紙を送り、善処するよう勧告しました。しかし、これに対しては全くと言ってよいほど反応していただけず、高名な著者グループによる、期待された自発的な問題解決のイニシアティブはついに現れませんでした。これが平成24年の春頃までの状況です。
このまま手をこまねいているなら、この重大な問題はうやむやにされてしまう危険がありました。そこで、「つくる会」は、平成24年6月30日に開催された定期総会において、この問題の調査結果を社会に公表し、公開の話し合いで解決する方針を決定しました。そして、10月下旬、新しい歴史教科書をつくる会編著『歴史教科書盗作事件の真実』を自由社から出版しました。
(二)話し合いによる解決の呼びかけから交渉の決裂まで
かくして、平成24年10月23日、著作権を侵害された「つくる会」側の著者は、代理人を通して育鵬社社長に対する通知書を、内容証明郵便で送りました。その趣旨は、①盗作事実を認め謝罪すること、②著作権侵害に対する賠償をすること、③市販本の出版を取りやめ回収すること、の3点を求めるものでした。ただし、すでに学校現場で使用されている教科書については現状のままとして、教育の現場に混乱の起こることのないように配慮しました。
同時に、同日、「つくる会」は杉原誠四郎会長名で、株式会社育鵬社代表取締役社長・久保田榮一、『中学社会 新しい日本の歴史』執筆者代表・伊藤隆、日本教育再生機構理事長・八木秀次、改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会代表世話人・屋山太郎、の四氏あてに書簡を出し、法的手段によることを避け、話し合いによって問題の解決をはかることを提案しました。
この書簡を皮切りに、今日にいたるまで次のような文書のやりとりがありましたので、あらかじめリスト・アップしておきます。
①平成24年10月23日 「つくる会」から四者宛て 「盗作問題」解決のための話し合いの申し入れ
②10月30日 四者から「つくる会」宛て 10月23日付の貴信に対する返信
③11月6日 「つくる会」から四者宛て 10月30日付貴方返信に基づく話し合いの開始について
④11月12日 四者から「つくる会」宛て 11月6日付の貴信に対する返信
⑤11月21日 「つくる会」から四者宛て 11月12日付貴方返信に基づく窓口ご連絡のお願い
⑥12月12日 「つくる会」から四者宛て 今後の問題解決のための前提に関する当会の見解について
*教科書改善運動における八木秀次氏の責任問題について-平成24年12月12日付「つくる会」会長名書簡の補足資料、を添付。(今回公開)
⑦12月27日 育鵬社から「つくる会」宛て ご回答
⑧平成25年1月8日 「つくる会」から育鵬社 話し合いに基づく「1社体制」実現のための提案 (今回公開)
この間、教育再生機構理事長・八木秀次氏が、「つくる会」の著書が出版されたあとの11月8日、育鵬社社長宛に、かくのごとき著作権侵害問題の指摘を受けるのは育鵬社の「落度」であり、自らには何らの責任もないとする責任回避の「申し入れ書」を送付していたことが判明しました。
もともと、教科書運動の中で分裂が生じたのは、「つくる会」会長だった八木氏の行動によるものであり、教科書運動が分裂していなければ著作権侵害問題も起こる余地のないことでした。そのことは、12月12日付の四者あて書簡に添付された「教科書改善運動における八木秀次氏の責任問題について」でも事実をあげて示しました。
そこで、「つくる会」は、障害となる八木氏の辞任によってその責任問題にけじめをつけることを前提とし、さらに「つくる会」の設立趣意書の理念に基づく教科書をつくることを前提とした上で、「教科書を1種類とし、出版社も1社とする」ことによって教科書改善運動の大同団結を呼びかける提案をまとめました。そして、「つくる会」は育鵬社宛ての書簡形式をとった提案文書を用意し、1月8日の第1回交渉の場で手交いたしました。
この呼びかけは、今回の著作権侵害問題をきっかけにして、「禍を転じて福」となし、教科書改善運動の多くの支援者の願う大同団結の期待に応えようと提案したものです。教科書運動における2社体制が結局機能せず、両者の激しい対立を生み出したことの反省の上に立って、育鵬社側の数々の不当な仕打ちを含む従来の経過をすべて水に流すような形での、大同団結を求める大胆な解決案でした。さらにこの呼びかけの際には、育鵬社の著作権侵害問題については、「つくる会」側の著者を事後的に執筆者として追認し、相応の著作権料(印税相当分)を支払うことによって違法性を阻却するという解決方法も提言いたしました。
なお、この間、「つくる会」の調査で、「つくる会」側の教科書にも、育鵬社側の著者に著作権のある記述をわずかとはいえ無断で使用している事実が判明し、「つくる会」はこれに厳正に対処いたしました。
2月14日、第2回の交渉が行われました。この場で育鵬社は、「教科書を1種類とし、出版社も1社とする」という、1月8日付の書簡に盛られた「つくる会」の大同団結の提案を拒否する旨、正式に回答しました。この交渉では、著作権についての双方の理解の齟齬についても議論しました。その中で判明したことは、育鵬社側は、教科書の執筆にあたりいろいろな教科書から言葉や文章をつまみ食いのように持ってくることは何ら著作権に関わる問題とはならないと考えていることです。そして、特に歴史教科書は歴史上の事実を書くものであるから、他社の教科書と同じ文章になることがあっても許される、という趣旨の主張を行いました。これは事実上、歴史教科書についてはどんな盗作もやり放題にできるという主張です。裏返して言えば、そういう論理と方針で育鵬社の歴史教科書が執筆されたことになります。こうして、育鵬社の著作権についての理解は、「つくる会」側の正当な解釈とは巨大な懸隔があることが明らかになりました。
しかし、それでも、「つくる会」は2月14日の交渉で、話し合いによる解決のために要求のハードルを下げて提示しました。すなわち、①無断リライトについて謝罪すること、②著作権使用料を支払うこと、③八木秀次氏を執筆者・監修者から排除すること、の3点を最低限の要求として提出しました。
2月21日、第3回の交渉が行われ、育鵬社側は上記3項目の全てについて、全面的な拒否回答をいたしました。①については、一切問題となる事実はないとし、②についても、従って著作権使用料を支払う必要はないとしました。③については、そのような要求をする理由がわからない、というものでした。
(三)やむを得ない法的手段による解決
以上の経過から明らかなように、「つくる会」は、いわゆる年表問題で重大な被害を被りながらも、年表問題とは比較にならないほどの重大性をもつ教科書本文の著作権侵害問題については、法的手段による解決を回避するために、「話し合いによる解決」を呼びかけました。そして、やっと始まった育鵬社との正式交渉では、育鵬社側の立場も十分に考慮した上で大同団結を求める大胆な解決案を提案しました。しかし、育鵬社側はこれに拒否回答をしました。
さらに、当方は、著作権の事後許諾による違法性の阻却という解決方法まで提案しましたが、それに対しても育鵬社は一顧だにせず、著作権問題は何一つ存在しないという道理のない態度をかたくなに維持しました。このようにして、今日に至るも貴方四方からはいかなる歩み寄りもなく、当方の提案は育鵬社によってことごとく否定され、貴方四方をはじめとする育鵬社側の指導的立場にある方々は、誰一人として責任を取っておられません。
だとすれば、「つくる会」として残された道は法的手段に訴える以外になくなりました。明治期の教科書疑獄事件に匹敵するともいえるこの日本の教科書史上の重大事件を、「つくる会」が何もしないで見過ごすならば、日本の法秩序は根幹から揺るがされ、教科書によって道義の荒廃が進むことになります。それは教科書問題の枠すら越えた重大な社会問題です。
そこで、私たちは、育鵬社を相手取った民事訴訟に踏み切ることにいたします。原告は、著作権を侵害された著者グループであり、「つくる会」はこれを支援するという関係になります。訴訟を前提とした損害賠償を求める内容証明郵便は、改めて発出されることになります。ただし、訴訟を提起するのは4月1日を予定しており、それまでお考えが変わることがあればお申し出下さい。話し合いの扉は開かれておりますことを申し添えます。
敬具