祖国を忘れた日本の教育行政と業界
お父さん・お母さん、御爺ちゃん・御婆ちゃん、恩師、仲間、お世話になった方々、また出会えたという事実に感謝をする。「そんなこと当たり前ではないか。」読者の皆様、誰もが思うでしょうし、そう次代に伝えていく事柄であると私も思います。
これは、人として、いや日本人として普遍なる心であり、自然と向き合い続けた連続性のある日本だからこそ、その歴史が育んだ教えなのである。これこそが、日本人として父母、兄弟姉妹、祖父母、ご先祖、故郷、そして祖国に対する基本的観念が凝縮されている。
では、近年この心が次代に受け継がれているのだろうかと問うと、首を傾げたくなるのではないだろうか。
「お天道様は見てるよ」「後ろ指さされるることをしてはいけません」「人様に迷惑をかけてはなりません」「悪いことをしたら御免なさいと謝りなさい」「困った人がいれば助けなさい」紛れもなく口を揃えて、こんなことは家族が教えることだ!と私の父母も言うに決まっている。
さて、平成28年3月に閉会した和歌山市議会定例会で、追及し続けている教科書問題について、本会議の一般質問で質した。内容は教科用図書無償措置法に基づいて選ばれたはずの小中学生の教科書が教科書出版会社と教師の汚職に塗れて使用させられていたことについてである。
皆様がご承知のことであるが、敢えて、その仕組みを簡単に説明したいと思う。
教科書出版会社で作成された見本本を文科省が検定し、合格すればその本は都道府県教育委員会に送られ、選定審議会で審議される。
この審議会委員も教師で構成されている。その審議された「本」は教科用図書採択地区に送られ、その採択地区で複数の本を教科書としてどれを使用するのか教師で構成される調査員に調査研究をさせ、選定委員会において審査し、採択協議会において教科書を決定するのである。
和歌山市においては不透明なこの採択を適正なものとするため「小中学校教科用図書採択に関する条例」を定めている。
しかし、透明性を担保した採択制度を拵えても、その基本となる調査研究をする教師達が、利害関係のある出版会社から謝礼という現金、交通費、接待があってはどうにもならない。それらの教師は約5000人。
日本国民、誰もが一度は使用するこの教科書が日本悪玉論なる特定の思想・信条や連綿と受け継がれる歴史伝統文化の継承を否定する記述(常用漢字推奨なる漢字の忘失・歴史認識等々)を散りばめた教科書を選び続けた。
その原動力は教育公務員として「公に尽くす」精神を拝金により破壊され、子供達の為にと出版会社との間で、それはまるで、深い海の日の当たらない底で視覚を退化させながら、他の器官を進化させて生命を維持する深海魚のように、より複雑に水面下で解りにくく採択しようとする利益主導なる考えの結果、現金が最も良いと取捨選択したのである。
資源の少ない祖国日本が最も大切にした人材育成はその結果によって形成されてきた。
出版会社側から教師に渡った現金や交通費、接待費は税金から民間のお金と変質させ、お礼にと現金を渡しているのだから、税金で賄うこの教科書採択の意義と教育の根幹を破壊したまさに国民を愚弄した所業である。
もう一点、明らかにしたい。
どうして出版会社は教師個人をピンポイントで連絡できるのかということである。
それは学校を営業で訪れ、各教科において影響力のある者に接触して親交を深め、採択されたいとする邪な心がそうさせているのである。だから、地方公務員法なる法律で戒めているのだ。
影響力のある者とは、教師の中の組織で力のある者。つまり、記述内容を事前に知り、アドバイスを出版会社にすることで、それらは組合員に口伝され、調査員が無差別で選ばれたとしても圧倒的多数を占める組合員から組合員でなくとも(現場では組合だとか非組合だとかの線引きはない)その情報は的を外さず、採択に影響する仕組みとなっているのである。
紙面上の関係で調べた詳細をお伝え出来ないのが歯がゆいが、先般の新聞報道でもわかるように、「結果として採択に影響はなかった」と文科省は今回の違法行為に幕引きを図るが、これは都道府県教委において格好の言訳になり、市町村教委は勿論のこと、文科省において現金のやり取りがあったとされても文句の言えない調査内容と結果であった。
特殊ウィルスが国内に入らないように検疫によって水際で止めるように一つ一つの実態が公になることで、文科省まで危うくなる。一体、教育行政は誰のためにあるのか。これから国家を背負っていく未来ある子供達のためにあるはずではないのか。
天網恢恢疎にして漏らさず。
冒頭で申し上げたように、日本の心を失っている文科省をはじめとする都道府県市町村教育委員会、教諭が、今回の問題に対して自浄能力を果たさず、どうして可能性を秘めた子供達に未来を語るのか。これからも教育行政を質し、そして、多くの日本国民に教育行政が危ないと同時に、教育は国家百年の計であると理解して頂ければ幸いである。
平成29年2月7日更新