「史」から~『永遠の0』公開記念 「筑波海軍航空隊記念館」|新しい歴史教科書をつくる会

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『永遠の0』公開記念 「筑波海軍航空隊記念館」



小説、映画と大きな社会現象をおこした『永遠の0ゼロ』という物語があります。

 百田尚樹さん原作の太平洋戦争中の零戦搭乗員を描いた物語です。その設定上登場する特攻隊『筑波隊』は、茨城県笠間市の「筑波海軍航空隊」で訓練した実在の部隊です。『永遠の0』の主人公、宮部久蔵は教官として筑波海軍航空隊を訪れ、後の筑波隊となる若者たちを指導しました。

 筑波海軍航空隊の跡地は旧友部町の茨城県立こころの医療センターとその周辺にあります。貴重な旧海軍の司令部庁舎をはじめ、滑走路、号令台、供養塔、地下戦闘指揮所、掩体壕など東京ドーム約38個分の広大な敷地の中に日本最大規模で残る戦争遺構です。映画の撮影にあたっては、筑波海軍航空隊を舞台としたシーンを中心に、実際の旧司令部庁舎をロケ地として使用しました。

 映画『永遠の0』の公開を記念して、その旧司令部庁舎を数々の資料・遺品や映画のセットの再現と共に、一般公開しているのが、「筑波海軍航空隊記念館」です。当時の面影をそのままに残す数々の戦争遺構の中で、『永遠の0』の当時の雰囲気を体感できる場所となっています。映画の上映に合わせて昨年暮れから公開をはじめ、来年終戦70年の節目を見据えて期間限定で開館しています。

 筑波海軍航空隊は昭和9年(1934)に霞ケ浦海軍航空隊 友部分遣隊として開設、昭和13年(1938)に独立しました。当初は海軍航空隊の練習飛行場でしたが、戦局が厳しくなるにしたがい特攻の訓練が行われ、アメリカ軍が関東にも爆撃を行う様になると、迎撃の最前線基地として零戦や紫電で筑波海軍航空隊の教官・教員も出撃しました。また、特攻兵器『桜花』実行の是非を判断したのも筑波海軍航空隊の士官室でした。

 当時の隊門を見ながら県立こころの医療センターの敷地の中へ入ると、左手に記念館が確認できます。目の前のグランドには号令台が当時のまま残り、その脇には元筑波海軍航空隊隊員で世界的芸術家の流政之さんのオブジェが設置されています。館内への入り口にある当時の上空写真と基地の平面図が、友部という地区が元々海軍さんの街である事を教えてくれます。映画『永遠の0』で撮影された数々の場所は、スクリーンの中へ入り込んだかの様な錯覚を来館者へ与えます。 

 展示品はフィクションでは無い当時の様子を私たちに伝えてくれますが、その展示品の中から二つだけ紹介させて頂きます。一つは記念館正面に飾ってある『風防のペンダント』。宝石の様に奇麗なガラスのペンダントは、爆撃機のコクピットの破片を彫って作った手作りのものです。物語では無い現実の『筑波隊』として特攻で亡くなった金井正夫少尉が、200通を超える文通相手の女学生へ送ったものです。一度も会う事も出来なかった2人のお互いを想う気持ちが、紹介している手紙から伝わります。

 もう一つの展示は、筑波海軍航空隊の教官であった市原米吉少尉が残した資料を元にした『偵察隊員が見た日中戦争』展です。 昭和12年(1937)の日記と豊富な記録写真で、戦争の勃発、初陣から、当時の上海の様子、南京大空襲、南京陥落、そして南京入城と偵察隊員の目が捕らえた貴重な証言です。偵察任務の他、味方が亡くなるといち早く現場発見に駆けつけ、味方の攻撃の戦果確認と、ある意味従軍カメラマンより早く広い目で、当時の状況の真実を現代へ伝える貴重な資料となります。その市原さんの昭和12年9月27日の日記に「目覚めよ!! 支那!! 蒋介石!! お互い東洋人だ!!」との一節があります。当時一偵察隊員が、どれだけ多くの情報を得て、そのうえで何を考え、何故、誰と戦うのか…その認識の深さ、見識と意識の高さを知る事が出来ます。

 そして最も私達が来館者の皆様へ感じて頂きたいと思っているものが、旧司令部庁舎の持つ雰囲気です。ここは戦争を未来へ伝える大事な場所です。国の為、愛する者の為に生きた当時の若者達の生き様を未来へ継承する為に、伝えらえる本物の雰囲気を持つ場所が茨城県笠間市にあります。映画・小説の影響もあり、毎日多くの方が筑波海軍航空隊記念館へ訪れます。そんな来館者の中で良く目にするのが、祖父と孫という組み合わせです。孫は目を輝かせ、祖父の話を食い入るように聞いています。話題の中心が祖父である光景は他の観光を目的とした施設では、まず見られるものではありません。きっかけは映画でも何でも構わないと思います。事実、記念館では毎日の様に戦争の体験が、次の世代へ語り継がれています。 

 この旧司令部庁舎は、元々解体の予定でありましたが、県の許可を得て期間限定で一般公開しています。せめて、開館している終戦70年を迎える来年8月までは、是非一人でも多くの方へこの跡地の存在を知って頂き、関心をもってくださる事を切に願います。



金澤 大介(かなざわ だいすけ)
  筑波海軍航空隊プロジェクト実行委員会 事務局長


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平成26年7月15日更新



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筑波海軍航空隊 旧司令部(記念館)