『新しい公民教科書』の画期性

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『新しい公民教科書』の画期性

『史』令和二年五月号より


『新しい公民教科書』は、不当な検定意見を数多く付けられ、多くの箇所を全面削除させられたり大幅修正したりして検定合格した。
 その出来上がった教科書の内容はどういうものであろうか。数ある公民教科書の中でどういう特徴を持っているであろうか。

1、「日本国憲法」成立過程の真実を書いた

フランス憲法には占領下での憲法改正禁止の規定がある

 国家の解体を進める公民教育から脱却すべく最初に行うべき作業は、現代日本国家の大枠をデザインしてきた「日本国憲法」の成立過程について真実の歴史を語ることである。
 成立過程については、単元19「日本国憲法の成立」で2頁使って説明した。『新しい公民教科書』には、成立過程をめぐって公民教科書史上初めて書かれたことが数多い。側注②では、戦時国際法が占領下の法改正を禁止していることを明記するとともに、史上初めて、フランス憲法に占領下での憲法改正禁止の規定があることを紹介した。

議会審議もGHQによって完全統制されていた

 そして何よりも、現行版を受け継ぎ、マッカーサーによる憲法改正の指示とGHQ案の押し付けを記したうえで、帝国議会での「日本国憲法」審議がGHQによって統制されていた事実を史上初めて記述した。
 「帝国議会では、主として衆議院の憲法改正特別委員会小委員会の審議を通じて、いくつかの重要な修正が行われました。たとえば、当初、政府案の前文は『ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し』と記していました。小委員会もこの案をそのまま承認するつもりでしたが、国民主権を明記せよというGHQの要求があり、『ここに主権が国民に存することを宣言し』と修正しました(傍線部は引用者)。小委員会の審議は、一般議員の傍聴も新聞記者の入場も認められない密室の審議でした」(59頁)。
 傍線部は現行版には存在しない。今回の教科書で新たに書き加えられた文章である。傍線部のように、議会審議中にもGHQから憲法改正案の修正要求が出されており、帝国議会の憲法改正審議さえもGHQに完全統制されていたのである。

「日本国憲法」論に関する深い考察を 

今回の教科書では、学習上の工夫も行った。58頁の上欄に成立過程の年表を置き、59頁の側注欄に〈やってみよう 日本国憲法の成立過程で気になる出来事を3つ、年表から選んで調べてみよう〉という課題を新設した。この課題に答えることを通じて、生徒たちが「日本国憲法」とは何なのか深く考察していくことを狙っている。

2、家族などの共同社会を守る

家族の4つの意義

 「これが日本を救う公民教科書だ」で述べているように、『新しい公民教科書』は、家族、私有財産、国家の破壊をもたらす公民教育からの脱却を目指してつくられた。したがって、何よりも、家族などの共同社会に関する記述に力を入れた。 
 まず、共同社会について「共同社会とは血のつながった人々の集まりや、同じ村や町に暮らしてきた人々の結びつきによって自然に生まれた生活のための集団であり、特定の目的のためにつくられた集団ではありません。ですから、その存続自体が目的だともいえます。家族や地域社会は、共同社会の典型です」(34頁)と記したうえで、現行版と同じく、家族に2単元4頁という分量を用いた。公民教科書では、平成23年版から一挙に、家族に関する記述量が大減少した。現行版でも、家族に関する単元を設けているのは4社のみで、家族論を展開しているとみなせる教科書は、自由社、育鵬社、帝国書院の3社のみである。
 家族に関する分量の多さというのも自由社の特徴である。だが、それ以上に、公民教科書史上、以下に示す家族の4つの意義を初めて明らかにしたことが最大の特徴である。

1、家族が共同体であること
2、家族間の愛情を育む場であること
3、子供を保護し教育する場であること
4、祖先から子孫への縦のつながり

 2以外の3つの意義を記したことは画期的である。1から順にみていくならば、家族は企業やクラブ、学校といった人為的に作られる集団とは異なり、自然に生まれる共同体である。
 3に関して言えば、他社のほとんどは家族を「人間形成の場」と説くだけで親子関係についてそもそも書いていない。親子の「保護―被保護関係」「指導―被指導関係」を記すことは平等主義に反すると考えるからである。3を記し、民法に規定された「親権」などを詳述するのは自由社の特色と言える。
 最後に4 であるが、「家族は、祖父母から父母、そして自分へとつながり、未来の自分の子供へと続く『縦のつながり』ととらえられます」(25頁)との記述は、当たり前のことながら、ほとんど例がないものである。

地域社会、公共の精神、愛郷心、愛国心

 次に、当然ながら、単元8「私たちと地域社会」を置き、家族に次ぐ共同社会
である地域社会の単元を維持した。かなり前から、地域社会の単元を置かない教科書が一定程度あるから、まずこのことを指摘しておかなければならない。
 関連して、単元8では「公共の精神とは、自分の利益や権利だけでなく、社会全体の利益と幸福を考えて行動しようとする精神のことを指します」と、公共の精神の定義を行った。
 さらに、単元9「家族愛・愛郷心から愛国心へ」で、愛郷心と愛国心の説明も行った。公共の精神、愛郷心、愛国心の3者を展開したことも『新しい公民教科書』の特徴と言えよう。

3、国家の思想を展開した

政治編の最初で国家の役割を学ぶ

 国家の解体を進める公民教育から脱却することを目指す『新しい公民教科書』は、当然ながら、国家の思想をきちんと展開している。何よりも、平成23年版において公民教科書史上初めて本格的に国家論を展開した。
 今回も政治編の最初に置かれた単元14「国家の成立とその役割」と単元15「立憲主義の誕生」のなかで、国家の役割を以下の4つに整理して示した。

1、防衛
2、社会資本の整備
3、法秩序、社会秩序の維持
4、国民一人ひとりの権利保障

 そして単元14では、「政治権力の必要性」という小見出しを置き、13行用いて政治権力が生まれた所以を解説している。
 戦後の公民教科書は、昭和20年代以来、国家論も政治権力の必要性も記さないまま、基本的人権、民主主義、国内の政治の仕組みについて説明していた。
 対して、『新しい公民教科書』では、政治編の最初に国家論を学んだうえで立憲主義や民主政治、基本的人権、国内の政治の仕組みについて学習していく。このスタイルの方が、当然に生徒にとって理解しやすいであろう。

自衛戦力肯定説を紹介した

 防衛という役割と関連して、「もっと知りたい わが国の安全保障の課題」( 84 頁)のなかで、自衛戦力肯定説の9条解釈があることを初めて紹介した(資料①)。
 また、単元28「平和主義と安全保障」では〈やってみよう 外国から日本へミサイルが飛んで来たとき、あるいは飛んできそうなとき、わが国は何ができるのだろうか。調べてみよう。〉という問いかけを行っている。

総合的な安全保障という考え方

 今回、アクティブ・ラーニングの大コラムで、2つの試みを行った。1つは、「これが日本を救う公民教科書だ」の中で紹介したように、上記4つの役割を今日の日本国家が果たしているかどうか生徒に問いかけたことである(資料②)。
 2つは、〈アクティブに深めよう 総合的な安全保障問題を考えよう〉(118頁)という大コラムを設け、「総合的な安全保障」という考え方を公民教育史上初めて打ち出した。そして、①食料問題、②防災問題、③防犯問題、④水問題、⑤医療保険問題、⑥エネルギー問題などをすべて安全保障問題と捉える考え方を紹介した。
 多発する災害やコロナ・ウイルスの蔓延問題を前にして、ますます「総合的な安全保障」という考え方を広める必要性が増しているように思われる。資料③にさわりの部分を掲げたので一読されたい。
 現在の日本に一番足りないものは、国家とは何か、国家の役割とは何か、という問題意識である。とりわけ総合的安全保障という考え方である。その意味で、『新しい公民教科書』は貴重なものと言えよう。

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4、立憲的民主主義
  ―権威と権力の分離と間接民主主義

「日本国憲法」7原則

 『新しい公民教科書』は、政治編において立憲的民主主義の論理を展開した。
 単元20「日本国憲法の原則」で、「日本国憲法」の原則として次の7原則を挙げている。

1、国民主権
2、基本的人権の尊重
3、平和主義
4、象徴天皇
5、法治主義(法の支配)
6、三権分立
7、間接民主主義

「立憲君主制の原則」から「象徴天皇の原則」に変えられた

 以上の7原則のうち4については、申請本では「立憲君主制」としていたが、権威と権力の分離を目の敵にした検定によって「象徴天皇」に変えられてしまった。だが検定合格本でも、権威と権力の分離の思想に基づく立憲君主制の論理が少しは展開されている。
 例えば、〈もっと知りたい 立憲主義を受け入れやすかった日本の政治文化〉(56頁)では、日本における権威と権力の分離の伝統が近代の立憲君主制を導いたと記している。
 「権威としての天皇が存在し続け、政治が大いに安定し、外国に比べて平和な時代が長く続き、文化は着実に成熟していったと考えられている。
 大日本帝国憲法下の天皇が統治権を総攬する一方、実際の政治は立法、司法、行政の三権に任せる立憲君主であり続けた背景には、このような権威と権力の分離があったのである」(56頁)。
 また、本教科書は、イギリスで権威と権力が分離し、立憲君主制が成立したと記した(資料①)。そして、現代日本でも、日本の政治的伝統にならって天皇が権威としての役割を果たしていることを記している(資料③)。

間接民主主義の原則を掲げる

 上記7原則のうち、4~7の4原則は明らかに立憲主義の重要な構成要素であり、立憲主義的・自由主義的原則である。この中に間接民主主義が入っていることが注目される。間接民主主義の意義については、資料②を参照されたい。
 対して、現在の学習指導要領と公民教科書のほとんどは、1~3の3原則だけを「日本国憲法」の原則と捉えている。わざわざ「日本国憲法」の原則から4以下の立憲主義的な原則を排除していることに注目されたい。
 しかも、1の「国民主権」を国民自身が権力を握ることと理解し、直接民主主義への憧れをあおって、全体主義への警戒感を解除するようにしてきた。
 つまり、指導要領と公民教科書のほとんどは、全体主義的な民主主義を称揚しているのである。
 そのような中で、象徴天皇の原則と間接民主主義の原則を掲げている『新しい公民教科書』は極めて貴重なものと言わねばならない。

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5、〈お花畑世界観〉打破のため、国際社会の仕組みを説明した

国際社会は競争社会

 国家の思想の再建を目指す『新しい公民教科書』は、国際協調の必要性を説くとともに、国際社会が競争社会でもあることを明確化した。
 単元59「国際協調と国際政治」では、「国益の追求と外交」の小見出しの下、現行版と同じく次のように記した。
 「国際社会では、主権国家は相互に自国の国益を追求し、国の存続と発展を目指す権利を認めあっています。この権利に基づき各国が、自国の国益の実現を目指しながら、他国の国益とのあいだで調整しあう営みを国際政治といい、通常、外交とよばれます。外交は話し合いで行われますが、その背後ではしばしば軍事力や経済力などの力(パワー)が外交手段として用いられています」(172頁)。
 あまりにも当たり前のことである。だが、戦後の公民教科書の多くは書いてこなかった。現行版でみても、「国益」という言葉を使うのは自由社と育鵬社だけである。何しろ、学習指導要領は「国際協調」を重視するが、「国益」という言葉を使っていない。指導要領に従えば、国益を無
視し、国際協調だけを重視する〈お花畑世界観〉にならざるを得ないのである。

集団安全保障、集団的自衛権、個別的自衛権

 国際社会を競争社会と捉える『新しい公民教科書』は、上記傍線部にあるように、国際社会における軍事の問題を重視する。
 そこで、単元64「安全保障への努力と日本」などの中で、国連による集団安全保障の仕組みを説明し、集団安全保障を支える多国籍軍とPKO部隊の区別を行い(資料①)、PKO協力法の説明を行った。 
 とともに、単元65「自衛隊と日米安全保障条約」では、主権国家による集団的自衛権(資料②)及び個別的自衛権の説明を行った。 
 国際社会における競争という面は、領土や領海及び排他的経済水域をめぐって大きく表れる。そこで、〈もっと知りたいわが国の領土問題〉(170頁)と〈もっと知りたい 海をめぐる国益の衝突〉(174頁)という2つの大コラムを置き、日本の領有権の正当性を詳しく説明し、海上にお
ける日本と中国との国益の衝突を記した。
さらには、日本近海を守るために「24時間365日、休むことなく働いている」海上保安庁の奮闘ぶりを伝えている(資料③)。

日本差別の「敵国条項」の存在を記す

 また、『新しい公民教科書』は、〈お花畑世界観〉を打破するために、国連憲章にわが国を差別する敵国条項があることを明記した。
 それだけではなく、〈やってみよう なぜ敵国条項があるのだろうか。また、わが国はどうしたら敵国条項を撤廃できるだろうか、話し合ってみよう〉(177頁)と生徒に投げかけている。(資料④)。
 さらには、〈もっと知りたい 国連改革とわが国の取り組み〉の中でも、敵国条項について詳しく説明し、わが国が敵国条項削除を求め続けてきたこと、にもかかわらず未だに実現できていないことを記している。

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6、中国の全体主義的性格、民族弾圧を記す

21世紀の「新冷戦」

 国際社会が競争社会であると捉える『新しい公民教科書』は、米ソ冷戦と類比して、今日の国際社会をアメリカと中国との「新冷戦」の時代と規定した。
 単元61「冷戦終結後の国際社会」で「法の支配をめぐる対立」という小見出しの下、次のように説明している。
 「対外的にも、中国は強権的な姿勢を強めており、2 0 1 3 年、フィリピンが、スカボロー礁の領有権や漁業権について、常設仲裁裁判所に仲裁を依頼した時には、仲裁に応じること自体を拒否しました。そして、2016年に仲裁裁判所が中国の領有権主張に国際法上の根拠がないと決定した時には、この決定を『紙くず』だと言って無視しました。
 この中国の拡大を抑え込む動きがアメリカを中心とする諸国の間で世界に広がり、21世紀の「新冷戦」ともいわれるようになりました。わが国は、自由、民主主義、人権という価値を共有する国々と協力して、国際社会において法の支配を守っていこうとしています」。

経済的自由権と私有財産制の重要さを説く

 言うまでもなく、日本はアメリカを中心とした自由民主主義体制の国である。本教科書では、単元25 「経済活動の自由」で経済的自由権の重要さを説き、「日本国憲法」が「生産手段の私有制を中心とした私有財産制の保障」をしていると述べ、さらに「社会主義化しようと思えば、憲法改正が必要である」と述べた(資料①)。
 また、自由民主主義体制が、中国が代表する全体主義的な体制よりも優れていることを説いた。例えば、単元44「市場経済の特色」では、市場経済が計画経済よりも効率的で公正な制度であることを展開した(資料②)。

チベット、ウイグル、モンゴルへの民族弾圧

 これに対して、中国の政治経済体制については、批判的に紹介している。上記単元61では、中国が共産党による一党独裁国家であると規定し、「経済活動の中心は党の方針が直接反映される国有企業であり、民有企業も党の統制に服しています」としたうえで、「要するに、自由民主主義の国家とは異なり、政治と経済は分離しておらず、両者とも共産党が強権的に支配しているのです」と結論付けている。
 さらに単元61では、チベットやウイグル、内モンゴルにおいて激しい民族弾圧が行われていることを記した。民族弾圧の詳細は、〈もっと知りたい 近隣諸国の人権問題〉(186頁)で示した。
 特に、新疆ウイグル自治区で40数回も核実験が行われたこと、約100万人のウイグル民族が「再教育センター」という収容所に入れられている危険性があることを明記した点が注目される(資料③)。
 中国によるチベットなどへの民族弾圧は、世界で最も深刻で大規模な人権問題である。なかでも、「ウイグル民族絶滅計画」は、現在進行形のジェノサイドであり、国際社会も日本国も、このことに目をつぶるべきではない。
 日本の中学生には、『新しい公民教科書』を通じて、是非ともこれらのことを学んでもらいたい。

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